『悪童日記』 あらすじと考察

 

 

 

 

あらすじ

第2次世界大戦末期、双子の「僕ら」は、小さな町の祖母の農園に疎開する。 粗野で不潔で、人々に「魔女」と呼ばれる老婆の下、過酷な日々が始まった。 双子は、生きるための労働を覚え、聖書と辞書だけで学び、様々な“練習”を自らに課すことで肉体と精神を鍛えていく。 そして、目に映った真実だけを克明にノートに記す.....

なぜ女中を殺そうとしたのか?

女中を爆殺しようとした容疑で刑事が双子を訪ねる直前に起きたことは、連行されていく人々のひとりが女中にパンをもとめた出来事だ。

 

女中はパンを渡すそぶりを見せるものの、手に取る直前にパンを引っ込め、「自分だって腹が減ってるんだ」といった言葉を浴びせる。

 

この嫌がらせが双子を女中爆殺に駆り立てたのは明白だ。

 

ではなぜ、双子はこの女中の行動が気に入らなかったのか?

 

双子は過酷な戦争を生き抜くために「訓練」をして苦痛や残酷さへの耐性を身に着けようとしたが、裏を返せば彼らは本来心優しい少年たちであると考えられる。

 

実際、貧困に苦しむ「兎っ子」の家庭に食べ物を分け与え、司祭から「施し」を受け取って届けるといった思いやりを見せている。

 

その少年たちから見れば、食事にも風呂にも困ってない女中が飢えた人間にパンの一つも分け与えない、それどころか嫌がらせをするという行動は、許しがたい残酷さだったのだろう。

 

 

双子の周りには戦争の中で人間性を失ってる人々が多数いる。

 

祖母は非常にケチで双子の持ち物を勝手に売り払うし、暴力も振るう。

 

少年たちが最初に「訓練」したのは「暴力の苦痛への耐性」であり、そのきっかけは祖母の暴力であった。

 

司祭は聖職でありながら貧困の少女を性的に搾取している。

 

祖母宅を間借りしている「外国の将校」は同性愛であり、小児性愛であり、マゾであることを隠さない。

 

そして自分の欲求を満たすために双子を利用する。

 

そうした環境の中、人間性を失った人々の象徴として女中を爆殺することを思い立ったのかもしれない。

 

 

そして、唯一、純粋なやさしさをもって双子に接した靴屋の主人が、「連行される人々」であったことも爆殺に至った要因だろう。

 

もちろん、女中が嫌がらせをした際の行列に靴屋の主人がいたという描写はないし、実際にその行列にはいなかったと考えられる。

 

しかし、靴屋の主人が少年たちに靴を与えた際の会話で、いずれ自分がどこかへ連行されて殺される運命であろうことを語っている。

 

当然、少年たちはこの心優しい靴屋の主人とその言葉を覚えているはずだ。

 

戦争の中で多くの人がモラルや思いやりを失っているなかで、この靴屋の主人のやさしさは際立ったものであるからだ。

 

そんな心優しい靴屋の主人は「連行される人々」のひとりであり、彼らがなぜ連行されるのかと双子は司祭に問いかける。

 

すると横にいた女中は、連行される人々を「犬畜生みたいなもの」と称したのだ。

 

その言葉が、双子の記述の中での女中の最後の言葉でもあった。

 

双子にとっては、自らの死を覚悟しながらも他者へのやさしさを捨てなかった靴屋の主人が、思いやりのない女中に否定されることが許せなかったのだろうか。

 

 

 

なぜ父親を犠牲にしたのか?

双子は、求められればどのようなことをしても相手を助けようとした。

 

「兎っ子」のために司祭をゆすり、彼女の母が死を求めれば剃刀で首を切って家に火をつけた。

 

二度目の脳卒中が起きたら毒を飲ませてくれと祖母が言えば、望み通りに毒を飲ませた。

 

しかし、父親のことだけは助けなかった。

 

親切に国境を超える方法を教える様子を見せながらも、

 

そう、国境を超すための手段が一つある。その手段とは、自分の前に誰かにそこを通らせることだ。

 

という記述からは、父親が死ぬことは想定内であり、その死を利用して自分たちの一人が国境を超える計画であったことをうかがわせる。

 

 

ではなぜ父親のことは助けようとしなかったのか?

 

それは父親が、双子を引き離そうとしたことが原因だろう。

 

双子はまさに二人で一つと言える関係であり、祖母のところに疎開する前、小学校でクラスを分けられた際は体調不良になるほどだった。

 

すると二人に対し、「仮病つかいめ」という言葉を父親は投げかけた。

 

そんな父が、国境を越えたいという自分の願望のために、長らく連絡を取っていなかった双子に近づいてきたのだ。

 

双子にとって父親は、自分たちへの思いやりなどないのに都合のいい時だけ利用しようと近づいてくる存在であり、助けるに値しない人間だったということだろう。

なぜ国境を超えたのは一人だけなのか?

双子のうち、一人は国境を越え、もう一人は祖母の家に帰った。

 

もちろん、二人とも国境を超えることも、二人とも祖母の家に帰ることも自由だったはずだ。

 

しかし、それまでずっと一緒にいた二人がなぜ別れることを選んだのか?

 

一つ考えられるのは、双子が独立した人間になるためには、いずれ別れなくてはいけないことを彼ら自身が知っていたからだろう。

 

小学校に通い始める前、父と母が双子について語っているのを、二人は盗み聞きしている。

 

その時に父親が言った、「個人は誰でも、他人のではない自分の人生を生きなくちゃいかんのだよ」という言葉を、恐らく双子は覚えていたのだろう。

 

その言葉発した父親を踏み台に一人は国境を越え、一人は祖母の家に戻った。

 

そして別々の暮らしを始めるという、双子なりの「自立の道」だったのかもしれない。

 

 

ただ、『悪童日記』は3部作の第1作であり、このあたりの経緯は続編で語られるのかもしれない。

 

続編を読んでから、この理由についてはまた考えたいと思う。

 

 

『悪童日記』は映画化もされている。

 

悪童日記(字幕版)

悪童日記(字幕版)

  • アンドラーシュ・ジェーマント
Amazon