なぜヤクザがタピオカを売るのか?~ヤクザをとりまく環境の変化~

 

 

ヤクザと聞くと、麻薬、拳銃、抗争、巨額の金....といったアンダーグラウンドなキーワードが思い浮かべる人が多いと思います。

 

しかし、現代のヤクザはそうしたイメージとはかけ離れた存在になりつつあるようです。

 

なんと最近ではLINEのスタンプを作って販売したり、タピオカ店を経営したりと、「表の世界」での商売に軸足を移しているというのです。

 

 

一体なぜ、ヤクザがこんな商売をするようになったのか?

 

溝口敦さんと鈴木智彦さんの共著『教養としてのヤクザ』では、こうした裏社会の変化の理由が解説されています。

 

教養としてのヤクザ(小学館新書)

教養としてのヤクザ(小学館新書)

 

 
著者の溝口さんと鈴木さんは裏社会を専門に取材するジャーナリストで、実際に暴力団関係者と会ってインタビューをすることも多いそうです。

 

ジャーナリストとして暴力団関係者とも一定の信頼関係を築いているお二人だからこそ知る裏話が満載で、闇金ウシジマくんのように刺激的な内容でした。

 

なぜヤクザがタピオカを売っているのか?

ヤクザとタピオカ。

 

これほど奇妙な組み合わせを聞いたことはありませんでした。

 

一般的にヤクザが売るものといえば”あぶないお薬”というイメージですが、なぜタピオカなんて売るようになったのでしょうか?

 

その理由は暴力団対策法と暴力団排除条例によって、近年ヤクザへの締め付けが急激に強まっていることにあります。

暴対法と暴排条例で激変した環境

この二つの法律によって、ヤクザを取り巻く環境は劇的に変化しました。

 

銀行口座を持てず、生命保険に入れず、自動車の任意保険にも加入できない。

 

暴力団であることを申告せずにゴルフ場に入ったり、ホテルに泊まったり、クレジットカードを申請したりするだけで詐欺罪で有罪になる。

 

就職はもちろん、起業すら許されず、金を貸した相手に返金を催促しただけでも罰せられ、もはやまっとうに社会生活を送ることができなくなったのです。

 

 

著者の鈴木さんは、かつてヤクザという生き方は一種のジャパニーズドリームであったと述べています。

 

働かなくても贅沢な暮らしができる存在。

 

出自も学歴も問われず、入社試験もないが、実力さえあれば「いいものを食っていい女を抱いていい車に乗る」生活ができました。

 

ところが時代と共に社会の暴力団への締め付けは強くなり、ジャパニーズドリームどころかまっとうな社会生活を送ることすらままならない存在になってしまいました。

 

こうした制約の中で新しい合法なしのぎ(稼ぎ)を求めて、タピオカのような「普通の仕事」を始めるヤクザが増えたのです。

 

 

抗争を「奪われた」ヤクザ

「暴力団の本業は暴力である」

 

著者の二人はそう語ります。

 

暴力団が稼ぐために必要なのは薬物の流通ルートや人脈なんてものではなく、「暴力」による恐怖のイメージを持たれることだからです。

 

簡単に言えば、「なめられたら商売あがったり」ということです。

 

ここでいう「暴力」とは一般人を相手にしたものではなく、ヤクザを相手にして打ち勝てる強さを指しています。

 

つまり、「抗争で勝つこと」が稼ぎにつながるのです。

 

抗争で勝つからこそ、「本気を出したら何をするかわからない」という恐怖を周囲に抱かせ、一般人からのみかじめ料はもちろん、ヤクザ同士の間でも大きな儲け話を手にすることができます。

 

ところが、暴対法と暴排条例、そして1999年に制定された組織犯罪処罰法によってヤクザは抗争ができなくなりました。

 

かつては敵対する人間を暗殺するよう若い組員に指示し、刑期を終えて戻ってくれば上のポストが保障されるというシステムで抗争が行われていました。

 

しかし、組織犯罪処罰法が適用された場合は殺人事件に対する刑罰が重罰化され、死刑または無期懲役、もしくは6年以上の懲役となりました。

 

殺人事件を起こせばほぼ確実に無期懲役になり、いつ刑務所の外に出られるか分からなくなったのです。

 

この厳罰化の重要な点は、実行犯だけでなく組織の上層部も罰則の対象となったことです。

 

これでは抗争をしたところで実行犯にも組織の上層部にデメリットばかりであるため、派手な抗争ができなくなったのです。

 

昔の映画やドラマでよく見られたような、市街地で派手に撃ち合うような抗争が起きなくなったのはこうした法律の整備によるものだったのです。

これからのヤクザ

平成はヤクザにとって受難の時代でした。

 

暴対法や暴排条例といった一連の法制定によって徹底的に締め上げられ、抗争というヤクザの専売特許を奪われてしまいました。

 

組同士で対立があっても大規模な抗争ができない現代のヤクザを、著者の二人は「リングの上に立っているのに殴り合うことを禁じられたボクサー」と例えています。

 

多くの観衆に見られながらリングの上に立っているというのに、殴り合うことが許されない。

 

やがて観衆になめられるようになってしまうという例えです。

 

こうした状況下でヤクザがその威厳を保つためには、海外の犯罪組織のように警察も政治家も一般人も攻撃するような過激化の道を進むという選択肢もあります。

 

実際、九州では一時期そうした動きが見られ、一般人も含めて8年間で14人もの死者を出す事態となりました。

 

しかし、著者の二人が「ほとんど超法規的」と表現するほど警察が取り締まりを強化した結果、暴力団組織が壊滅的な打撃を受ける結果に終わりました。

 

こうした背景から、生き残りを図ろうとするヤクザが見出した活路がタピオカ販売をはじめとする新しいビジネスへの進出なのです。

 

 

『教養としてのヤクザ』の感想

『教養としてのヤクザ』は、多くの人にとってニュースで耳にするだけの存在であるヤクザが、実は僕たちの身近なところで「表社会」の仕事をしているという意外な実態について知ることができる一冊です。

 

この記事では触れませんでしたが、ヤクザは一次産業や土木現場、原発の廃炉作業まで、いたるところで表社会とのつながりを持っているようです。

 

これは借金を払えない人を売り飛ばしているという漫画みたいな話ではなく、ヤクザ自身が働いているというから驚きです。

 

また、吉本興業の闇営業問題で話題になった「反社会勢力(反社)」という言葉をヤクザが嫌う理由や、特殊詐欺などを行う「半グレ」とヤクザの違いなど、普段知る機会がない裏の世界について入門的に学ぶことができる一冊でした。

 

 

表の社会と裏の社会はまさに表裏一体であり、思いもしないところに裏の社会への入り口が開いているようです。

 

うっかりそちらの世界に足を踏み入れることがないよう、「教養として」裏の世界について学んでいくことは人生に役立つと思いました。

 

もちろん、手段は読書だけにしておきましょう。

 

教養としてのヤクザ(小学館新書)

教養としてのヤクザ(小学館新書)